地震直後の数日は、娘の様子が落ち着かなく、すぐ泣いたり抱っこをせがんだり不安定だった。奥さんの会社で一週間自宅待機命令が出たので、関西の義兄宅に妻と娘がお世話になり、帰って来たらいつもの娘に戻っていて一安心。やはり小さなこどもでも結構ショック受けてたんだ。
しかし、そんな娘に最近新たな敵が現れた。
ルンバである。
どうしても平日は掃除の時間がないので、強気な値段設定にも関わらず、この自動掃除機を周囲の評価が高いので購入。本当に綺麗になるのかな、と思っていたのだが、結果としては、ここ数年の買い物の中で満足度トップ!
いやー、これは共働き夫婦にとっては本当に便利。タイマーで掃除時間を指定できるので、毎日一定の時間に掃除をしてくれ、帰ってくると綺麗になっている。ルンバのゴミ入れにたまったホコリを見るとなんだかうれしくなる。
隅のホコリも付属している短いほうきでさくっとお掃除。ベッドやソファの下に潜り込み、手の届かない場所もスイスイ。カーペットやマットの少しくらいの段差は軽々と乗り越えて小型戦車のようにどこまでも突き進んで行く。帰巣機能がついているので、終了したら自分で充電器に戻るという賢さ。音がうるさいのが難だが、動いている間は部屋にいないので気にならない。
娘はまだ怖がって近づかないが、早くお友達になって仲良くしてくれないだろうか。
緊急事態が起きて、必要になるのは通信手段。しかし、携帯通話はまず役に立たない。各地域にあるキャリアの通信設備を収容する局舎は、災害時には停電になりダウンする。通常はUPSという無電源供給装置を設置しているが今回はそれも動かなかったようだ。また、回線容量がパンクしてネットワークがダウンするのを防ぐため、通常の8割程度まで通話料を制限する。
そういう時、インターネットは繋がる。自動的に迂回通信をし最適なルートを通り海外のサーバにアクセスをするので、局所的な影響は受けない。なので、海外にサーバがあるTwitter、Facebook、Gmailは全く問題なく使えた。共通点はすべてクラウドサービスということである。
twitterは正確な情報の収集に有用だ。TLからは次々と各地の状況が流れて来て地震や津波のリアルな影響がわかる。facebookは海外の友人とのやり取りに役立った。数年間交流がなかった友人たちが次々と心配して連絡をくれた。Gmailも全く落ちなかった。また、海外のメディアでは日本に対する応援メッセージが掲載され、その思いに電車の中で涙が出そうになった。
大変な状況のとき、人々は安心を得る為に他者との繋がりを求める。よって、通信インフラには恒常的な安定性が求められる。そんな時、日本のキャリアが莫大な投資をして構築したモバイルネットワークではなく、パブリックインターネットが主な通信手段になったことは皮肉だ。
これも、インターネットの普及によって各国間の通信コストが激減し、フラットなコミュニケーションが日常になったことが一因だ。
世界は繋がっている、そんな当たり前のことを改めて噛み締めた。
膨大な事務処理を抱え、デスクでエクセルと睨めっこをしていた。徐々にビルが揺れ始め、強い揺れに6階のフロアは騒然となってきた。「これ、やばいですよね」と先輩と話し、ウェブのニュースを見ると、宮城県沖でM8という情報。
秋田の実家が心配になり、電話をするも不通。奥さんにも繋がらない。保育園にいる娘が気になる。実家の妹からメールがあり、無事との連絡。その後母からも呑気なメールが届き一安心。
交通機関が動かないので、会社からは宿泊可能との連絡。奥さんとメールが通じ、彼女は歩いて家まで帰っていると聞いてびっくり。google mapで調べたら徒歩7時間。僕も行こうと思い会社を出るが、虎ノ門交差点周辺は人でいっぱい。コンビニに食べ物は無し、スタバは閉店、靴屋で運動靴を買う人たち、地図を片手に彷徨う人たち。
結局徒歩での帰宅は諦め、ホテルロビーで一夜を過ごした。特設のテレビが設置され、見知らぬ人と画面を見つめていると、信じられない光景が映し出される。厚化粧をして派手な格好のおばさんが、「部屋がいっぱいでとれないのよ!せっかくここまで歩いて来たのに」と携帯で大きな声で不満を述べている。妻からのメールが届き、会社の先輩と一緒に歩いている、娘はお母さんが見ていてくれていると聞いて一安心。海外の同僚からも心配するメールが続々届く。
翌朝、常磐線の運行が開始したとのニュースを見たので、銀座線で上野に移動。しかし、全く動いていない。上野駅は身動きできないほどの、人、人。

タクシーも捕まらず、数時間歩き疲れた後、上野駅近くに住む友人に連絡をとってみる。携帯もPCもバッテリーが切れていたのだが、喫茶店に入り電源を貸してもらい、PCにwifiをつないでメールを送信。すぐ返事が来て、迎えに来てくれるとのこと。よかった。
お風呂に入り、温かいうどんを食べ、ベッドで仮眠させてもらい、夕方の電車で帰路についた。スーパーに寄り水や食料などを購入しようとするもほとんどものがない。家について奥さんと娘の姿を見て一安心。実家にskypeで電話をしたらやっと繋がった。母は電話口で泣き、みんな無事、今やっと電気がついたとの報告。よかった。
長い一日を終え、余震が続く中、家族3人で布団に入った。
まだまだ忙しさは続いているが、今年に入ってからはペースも調整できるようになってきた。年始は家族でバリ旅行に行き、リゾートでゆっくりした時間を過ごすことができた。子供連れの旅だったのでハプニングはあったが、いい休暇になった。
今更ながら昨年の総括をすると、プライベートよりも仕事に比重がかかっていたように思う。夏以降の仕事環境の変化に戸惑いつつも、2年間仕込んで来た国際案件の契約が取れ、グローバルキックオフで表彰もされた。
この過程で得たことは大きい。
1.自分の案件を成し遂げた
新卒で入社した日系企業でも、社長賞や本部長賞などを受賞したことはあったが、何れも上司が取って来た仕事に乗っかってもらったもので、自分の成果ではなかった。今回は初めて自分で案件の種を見つけ、アプローチを続け成果を出すことができた。もちろん、優秀なエンジニアやバックオフィスの担当者のサポートなしではなし得なかったが、営業として初めて「成し遂げた感」のある仕事だった。
2.グローバルチームをリードすることができた
グローバル案件だったので、各国の営業とチームを組み、僕がリードするという形で進めた。USとの深夜や早朝の電話会議を頻繁に実施し、日本側の状況と戦略を伝え、どのように動いてほしいかを明確に伝えることに苦心した。慣れて来たとはいえ、電話会議の後は自分の英語力になさに自己嫌悪に陥ることもしばしば。それでも受注が決まると、「hundreds of midnight emails and phone calls now paid off」「お前のrefuse to looseの姿勢がよかった」と感謝された。
3. 自分の強みを認識できた
これまで、自分は営業に向いてないと感じていた。その思いは今も変わらない。数字に強くないし、気を使いながらの接待は苦手だ。どの顧客にも丁寧に接する訳ではなく売上げ額によって対応を変えてしまうし、皆はインセンティブの為に頑張っているが、そんな計算なんてしたことがない。
そんな僕に強みがあるとしたら、それは粘り強さかもしれない。2年前にこの案件を発掘した時は、社内の何人かから、「大規模で何年もかかるより小規模ですぐ売上げになる方がいい」「グローバルはなくてドメスティック案件の方がインセンティブもらえる」「その顧客は今まで何人もアプローチして無理だった」など、できない理由を散々言われた。
しかし、僕は国際案件でグローバルチームとの仕事がしたくてこの会社に入った。それが自分のキャリアにつながると思ったからだ。それは間違ってなかったと、今は言える。
8月後半から今までにないくらい多忙な日々が続いています。9/1より、会社の半分以上が日系企業に売却され、営業は3割程度にカットされました。おかげで残った僕は担当アカウントが一挙に増え、引き継ぎもまともにできないまま対応に大わらわです。
毎週末会社で仕事をし、上海にいてもバンバンメールは来るし、ブラックベリーで確認して重要な件に対しては返信をするようにしましたが、それでも回らず社内の方には迷惑をかけることになりました。ちょっと反省。しかも2年間追いかけているビッグディールも佳境に入っており、息つく暇もありません、
ただ、前職ではこれ以上の拘束時間だったはずですが、あの時のような倦怠感、徒労感、前の見えない不安はありません。それは、
・ある程度裁量を持たせてもらって自分の判断で動かせる
・quotaを個人単位で背負っているのでよくも悪くも全て自分に跳ね返ってくる
・故に、達成した仕事はトラックレコードとして業界内で残り今後のキャリアにプラスになる
・海外とのやり取りで存在感を示せる
という環境の変化があるからかもしれません。
来月には人も増えて楽になるようなので、もう少しの辛抱です。
暫く振りのブログです。まだ見てくれてる人いるのでしょうか??
出張で上海に行ってきました。今の会社に入って3年以上経ちますが、セールスキックオフ以外では初めての海外出張です。1泊2日の強行日程でしたが、いろいろと思うことがあったので備忘録代わりに。
1.上海の街について
ニュースやウェブで見る限り、熱気でムンムンとか、経済成長の勢いを感じるとか勢いのある描写がお多かったのですが、街の様子だけをみてそれを判断するのは難しいです。交通整備がされてないだけで車や人がクラクションを鳴らしながら行き交う姿を見て、短絡的に「やっぱり中国は元気だね」というのは避けたいなと。ただ、高層ビルが乱立している姿はやはり圧巻でした。南京西路というブランドショップが居並ぶストリートは欧米の高級ブランドが居を構え、そこだけ銀座のよう。
2.交通について
思った以上に地下鉄の路線が上海市内を広範に結んでいて、電車に乗ればどこでへも行けて便利です。上海万博にあわせて完成させたよう。ただ、東京みたいな感覚で夕食を食べて9時過ぎに地下鉄で帰ろうとしたらもう閉まっていてびっくり。さすがに東京のようにはいかないですね。
僕が乗ったタクシーは良心的で、途上国にありがちなぼったくりもありませんでした。安くて使い勝手もいいですが、渋滞は予想以上にひどかったです。
3.飛行機とホテル
格安航空券だったのでChina Airを使いましたがこれが失敗。席は狭いし食事は不味いし水もビールも常温で出されるしもう嫌。フライト時間も朝早く夜遅く。やっぱり安い航空券はそれなりなんですね。いい勉強になりました。ホテルも会社指定でしたが、いくつかの選択肢から適当に選んだらアクセスが悪くお客様のオフィスまで遠かったです。国内出張でいつも使っているホテルが快適なのでつい比べてしまいます。
4.食事
今回のような一人出張ではいつも悩みますが、この季節は上海蟹でしょうということで、ガイドブックに載っていたお店に行きました。日本で食べた上海蟹よりも身がつまっていて美味しかったです。でも、やっぱり中華はコースで皆で楽しく食べるものですね、
上海の印象はよかったです。ニュースで言われていた反日感情も気になってましたが、全く嫌な思いはせず人は総じて親切でした。今度はゆっくり家族で訪れたい街です。
日曜日、会社のマラソン部で駅伝大会に出場した。今年で3回目の出場。前年と同様、3チーム12人でエントリーし、ロングの部へ参加。
昨年は季節外れの猛暑で、ほとんど風もなく、気温は河川敷で40度近くまである過酷なコンディション。熱中症でダウンするランバーが続出し、救急車が何台も行き来する異様な状況だった。今年はほどよい風もあり、気温も昨年ほど高くない。
僕は4区5キロを完走。昨年よりましだったとはいえ、何も遮るものが無い河川敷、太陽が照りつける下を走るのは苦行に近い。前の走者を待っている最中、目の前でランナーが倒れ、担荷で運ばれていた。
走った後は、みんなで赤羽駅周辺のスーパー銭湯へ。走った後のお風呂は格別。比較的会場から離れていたため、それほど混んでなくゆっくり入ることができた。その後、昼から飲み会を開始。ビールをしこたま呑んで鍋を食べて幸せ。フルコースの駅伝大会を満喫。
帰宅後調子が悪く寝込む。咳と鼻水が止まらなく、翌々日に病院へ行ったら喉が異様に腫れていて熱もあり、速攻帰宅。
楽しくてもあんまり無理するもんじゃないですねえ。。
2度目の社内コンペに参加。今回は、修理から戻って来た自分の車で、栃木まで2時間の道のりを初めての高速運転に挑戦。
浦和の料金所前で渋滞にはまる。遠くから黒い煙が立ち上っているのが見える。横を救急車、消防車、警察者が何台も慌ただしく通り抜けて行く。どうやら料金所前で車が炎上したらしいとの情報。消火後はかわいいビートルがこんな無惨な姿に。

そしてたどり着いた栃木県のゴルフ場。まるでお城みたいでバブリーな外観にびっくり。桜が満開でとても綺麗。

前日に会社を休んでラウンドレッスンを受けるほど気合いを入れたこのラウンド。前半は駄目。後半から持ち直し。ドラーバーで何回かいい当たりあり、アイアンも当たるようになって来た。パットもなぜかいい感じ。それでも15打たたいたホールもあり、84、73の157。前回よりも11打以上よくなったが、内容はもっとよい。ちょっと光が見えて来た。来週と再来週のラウンドでも今回の反省をいかして頑張ろう。
「営業なんだからゴルフくらいやりなさい」
上司からのそんなorderには逆らえない。
思えば、父親はゴルフ大好きで、小学生の時に遊びでコースを回ったことがある。大学時代は体育の授業でゴルフをとっていたので、クラブの振り方も覚えている。しかし、社会人になってからは他に楽しいことが多く、車もお金もなかったので全く興味が無かった。
今の会社に入って、周りがゴルフ好きばかりになった。お客さんもゴルフが好きで、接待ではその話ばかり。いきおい、「今度一緒に如何ですか?」という話になる。そういった経緯で、昨年2回ゴルフ接待をセットしたのだが、2回とも台風と雪のためコースクローズ。初心者の僕がどれだけほっとしたことか、想像にかたくないだろう。
しかも、昨年後半は練習ラウンドも含めて4回連続コースクローズという不運(?)が続いた。しかし、もうそんなことはいってられない。車も乗れるようになったことだし、本格的に練習をすることにした。
先日始めて参加したゴルフコンペ。ほぼ始めてのラウンドだったが、ひどかった。85、80の165という、もう数えるのも嫌な成績。ドライバーもアイアンも全然当たらない。ハンデ55をもらったにも関わらずブービー賞をゲット。ああ、情けない。こんな腕で接待をやらなくて本当によかったと神に感謝する。
ラウンドレッスンも行っている。練習場で当たってもコースに出るとびっくりするほど当たらない。だから少しでも多くコースに出て慣れるしか無い。そこでルールも覚えられる。今のクラブは父からもらった年代物なので、新橋のJypersでcallawayのアイアンセットを新調した。身銭を切ってこそ練習にも力が入る。
今年中に100を切ることを目標に精進したい。仕事もうまくいくといいなあ。
自分でいうのも何だが、僕は相当抜けているところがある。
子供が生まれた後、車があった方がいいと思い新車を購入したのだが、なんと直前に車の免許が失効していることが発覚。通常、失効後半年以内であれば数千円を支払って一回講習を受ければOKなのだが、僕の場合は既に1年近く経っていたので、教習所に再度通って第2段階から取り直さなければならなくなった。もちろん教習料金結構痛い。もちなみに1年以上の場合は第一段階からの取得が必要だそうだ。
仕事をしながら休日に教習所に通うのは結構大変で、ペーパードライバーの奥さんに送迎をお願いしたりして、昨年の7月から行き始めて2月にやっと取れた。技能試験はともかく、筆記試験が意外に難しく、どう考えても論理的におかしい問題やひっかけ問題などに思った以上に苦労した。甘く見てたおかげで最終の筆記は一度落ちてしまい2度目でやっと受かった。一緒に受けていたヤンキー風情の少年が軽々と一回で受かるのを横目で見て悔しかった。
そんな苦労をして取得した免許。喜び勇んで初日に一人ドライブをしたら、いきなり軽自動車にぶつけられた。信号のないT字路で相手方の車が右折しようとし、ブレーキを踏もうとしたら間違えてアクセルを踏んだらしい。納車してまだ半年、走行距離たった400キロのFITは左後方に思いっきり突っ込まれ、無惨にも破壊された。

幸いけがはなかったのだが、妻と娘が後ろに乗っていたらと思うとぞっとする。先週車が入院先から戻って来てドライブを再会。これで家族でいろんなところに出かけられるし、ゴルフの練習にも楽に行ける。これからも安全運転を心がけよう。でもぶつけられるのは防ぎようがないのだが。。